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Vol.85 山口蓬春・アートディレクターの世界

日本画家、山口蓬春の記念館を訪ねた。

葉山一色の小高い丘の上、
細い路地「蓬春小道」と近隣のひとが命名した細道の奥に
ひときわどっしりと建つゲートが、画家の威厳を表すようだ。

蓬春小道の入口山口蓬春記念館へ向かう小道 山口蓬春記念館へ向かうゲート

山口蓬春記念館は葉山一色三が丘の坂の上に建ち、
自宅を当時のまま利用した、広い庭を構えて建つ和風の邸宅である。

昭和23年から 昭和46年5月31日まで、
日本画家・山口蓬春は戦後を過ごしたこの葉山の地で77年の生涯を閉じた。

戦後の日本画壇に輝かしい業績を残した、山口蓬春。
蓬春は明治26年に北海道で生まれ、幼いころ東京に移住した。

東京美術学校(現東京芸術大学)で大和絵や日本画を学び、帝国美術院賞、文化勲章を受章した。
その後、昭和43年には皇居新宮殿杉戸絵「楓」を完成。
後に、日本画を西洋的に展開し、独自の革新的モダニズムを確立させた。

幅広い画風は、画壇に大きな影響を与えたものだった。

山口蓬春記念館

自宅であった記念館は、木造2階建てで、アトリエを増設。

設計は、蓬春とは東京美術学校(現・東京藝術大学)で同窓であった、
建築家・吉田五十八氏によるものである。

葉山に転居して以来、蓬春は数々の名作を生みだした。

山口蓬春記念館、四季折々の庭の花山口蓬春記念館の庭

昭和35年に造園された庭は
夫人の丹念な手入れで端整な姿を当時のまま残し、四季折々の草木が楽しめる。

隅々まで実に良く手入れされ、程よく回遊できる愛らしい大きさである。
季節ごとに開く花弁を見ながら佇む画家の姿が目に浮かぶのは私だけだろうか?

記念館の庭は京都から庭師を呼びよせて山口蓬春が造らせたもので、絵のモチーフにするために多くの草花が植えられた。
私が訪れたときは、ちょうどクリスマスローズの花が可愛らしく咲いていた。

山口蓬春記念館のクリスマスローズの花

記念館入口を訪れると、
まるで画家の自宅に招待されたかのような、懐かしい佇まいの縁側に沿って展示室が続く。

和室から座敷へ、アトリエから居間へと足を運ぶ。
作品は華やかに静かに、屋敷を見守っているかのようだ。

二階の部屋からは一色の海を望める。
深い緑の向こうに見える大海を画伯も眺めていたのだろう。

アトリエは緑の光に包まれたしゃれた空間で
画家にとって創作に邁進しながらも心癒される場所であったことがうかがえる。

当時のままに愛用品や道具が置かれ、静かに筆をとる画家の姿を彷彿とさせる。
まるで時がとまり、タイムスリップしたような一瞬を感じる。

山口蓬春の作品、望郷 山口蓬春の作品、榻上の花 山口蓬春の作品、夏の印象

縁あって移り住んだ葉山の地を蓬春はたいへん気に入り、海や庭の自然を モチーフに多くの作品を生み出した。
伝統的画法を極めさらに日本画と西洋画の融和というテーマを追求したことは、
葉山という土地の日差しや風が心を震わせ、制作意欲を掻き立てたものと思える。

風光明媚な葉山の風景を色彩に溢れた南仏に重ね合わせていたのかも知れない。
大和絵、日本画の巨匠であることはもちろん、ピカソやブラック、マティスなど
革新的洋画家におおいに影響を受け、じつにロマンチックで庶民的な作品を生み出している。

こうして蓬春は日本画のモダニズムを展開、蓬春モダニズムと呼ばれる独自の作風を発信、
葉山は戦後の美術史上忘れられない場所になった。

蓬春が終の棲家とした葉山の自宅アトリエ。
記念館は、私たちを来場者ではなく来客として迎えてくれるような嬉しい場所である。

膨大な数の作品とともに、
画家が暮らし、創り、その息づかいまでを感じることが出来る空間。

是非、訪ねてほしいものだ。

山口蓬春記念館、入口

山口蓬春記念館
http://www.hoshun.jp/

開館時間 午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
 休館日 毎週月曜日(ただし、祝・休日の場合は開館、翌日休館)
     展示替え日、館内整備日、年末年始

I touched the art of Hoshun Yamaguchi , who developed modernism of Japanese painting.
Yoshifumi,

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